NHK連続テレビ小説「あさが来た」に登場する東柳啓介(工藤阿須加)史実モデル一柳恵三。彼の父親、一柳末徳は明治17年に子爵となります。一柳家は「華族」の家柄であり特権階級なんです。
「華族」とは明治2年(1869年)に生まれた身分で、明治17年(1884年)に「華族令」によって制度化されています。昭和22年(1947年)に廃止されています。
奈良や平安の時代から天皇家を守ってきた「公家」、それに戦国時代に各地を統治してきた「大名家」(諸侯)などは明治維新、廃藩置県などにより従来の特権が大幅に奪われることになりました。
しかしまだ権力が不安定だった当時の明治政府は、これらの旧家を敵に回すと
厄介なことになると考えました。そこで、これら諸家に「華族」としての爵位を設け、いくつかの特権を与えたのです。
明治17年の「華族令」では、家柄などをもとに定められました。
爵位は上から、公候伯子男の5等級に分かれます。
公爵・・・親王諸王より臣位に列せられた者、旧摂家、徳川宗家、国家に偉勲ある者
侯爵・・・旧清華家、徳川旧三家、旧大藩(現高15万石以上)知事、旧琉球藩王、国家に勲功ある者
伯爵・・・大納言まで宣任の例多き旧堂上、徳川旧三卿、旧中藩(現高5万石以上)知事、国家に勲功ある者
子爵・・・維新前に家を起した旧堂上、旧小藩(現高5万石未満)知事、国家に勲功ある者
男爵・・・維新後華族に列せられた者、国家に勲功ある者
東柳啓介(工藤阿須加)史実モデル一柳恵三の父親は一柳末徳は元小野藩1万石の藩主でしたので子爵となっています。
華族の特権は教育にも及んでいました。華族の子弟は学習院に無試験で入学でき、高等科までの進学が保証されていました。
帝国大学( 東京大学 )に欠員があれば学習院高等科を卒業した生徒は無試験で入学できたのです。
「あさが来た」NHK連続ドラマ東柳啓介(工藤阿須加)史実モデル一柳恵三は華族の息子であり、無試験で帝国大学に入っていたのです。
現代は帝国大学( 東大 )を入学したと言われれば、厳しい受験競争に勝ち残ったと言うイメージがありますが、なんと当時は「華族」と言うだけで無試験で帝国大学( 東大 )に入れたのです。
なんとも羨ましい話です。
現代からすると、凄く不公平な社会だと思われますが、明治時代では身分制度が色濃く残って居り、教育も決して平等に受けられたわけではありませんでした。
東柳啓介(工藤阿須加)史実モデル一柳恵三は華族の一員であると言う特権階級の意識も強くあり、同時に軍人・官僚として、率先して国家に貢献したいと言う意識も持っていました。
華族の息子東柳啓介と豪商の娘千代二人の将来はどうなるのでしょうか。家柄も違い、考え方も違います。
豪商の娘と華族との結婚はそんなに簡単な話ではなかったと思われます。主人公あさはどんな行動にうつり、娘千代はどんな思いをするのでしょうか。
「あさが来た」NHK連続ドラマからますます目が離せなくなります。