「あさが来た」明治の人口とドラマを観る視点。「あさが来た」はつ「宿命じゃ!」前向きに生きよう。

2016年01月13日

「あさが来た」はる ( 宮崎葵 ) と山王寺ご家族のその後?

「あさが来た」NHK連続ドラマ、以前の山王寺屋の家族を見て笑ったり泣いたり怒ったり、はつが可哀相だと思ったことが、なんだか随分昔のように思えます。





はつ( 宮崎葵 )一家はご主人の眉山惣兵衛 ( 柄本佑 )が、天秤棒一本で物売りを始めたり、父 ( 辰巳琢郎 ) 母 ( 萬田久子 )家族みんなで農家したり、楽しそうでした。
ドラマでは既に、はつ は家族そろって和歌山へ旅立ちました。

はつの暮らしをみてると幸せはお金があるとかないとかではなく家族で仲良く暮らせるのが一番幸せなんだとつくづく考えさせられました。


なんだかもう一度見たくなります。


和歌山では山王寺屋ご一行は仲良く暮らしてるのでしょうか。




宮崎葵が演じたはつのモデルは史実では春と言います。


★春      1846(弘化三)年〜1872(明治五)年


浅子の異母姉。出水家当主・三井高益の庶子(婚外子)として生まれ、後に三井家に入家します。


1865(慶応元)年、浅子とともに大坂に下り、大坂の名門両替商である天王寺屋五兵衛家に嫁ぎました。


天王寺屋の屋敷があったのは、船場の今橋二丁目付近。


浅子が住ん浅子が住んだ江戸堀の加島屋新宅からは徒歩で一五分ほどの距離でした。


大坂を代表する老舗両替商の天王寺屋でしたが、明治維新後の銀目廃止令や廃藩置県で破綻、間もなく廃業したと言われています。


春も失意のなか1872(明治5)年に死去、27歳の若さでした。


史実においての三井春は、明治5年に25歳で早逝したとされていますが、視聴者からの多くの要望もあり、NHKでは脚本を変更して、長生きさせる方向になったそうです。







keijidaz at 05:37│Comments(0)TrackBack(0)あさが来た | 波瑠

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