「あさが来た」五代友厚は薩摩のラストサムライだった。「あさが来た」はる ( 宮崎葵 ) と山王寺ご家族のその後?

2016年01月12日

「あさが来た」明治の人口とドラマを観る視点。

「あさが来た」NHK連続ドラマの視聴に於いて現代人は現代人の視点に於いてテレビを観ています。当然、現代のNHKが現代人のために制作くしたドラマですから、それはそれで良いのてすが、歴史の事実とは異なっていること、異なっていなくても私たちの見方考え方とはかなり相違していると言うことは知っておいた方が良いと思います。





例えば日本の人口を例に取れば、今は約1億2000万人の人口ですが、明治では約3900万人の人口しかいないのです。日本の都市別に見ると

★明治19年日本の都市人口ベスト10

1東京 ( 東京府 )
1,121,883人
2大阪 ( 大阪府 )
361,694人
3京都 ( 京都府 )
245,675人
4名古屋 ( 愛知県 )
131,492人
5金沢 ( 石川県 )
97,653人
6横浜 ( 神奈川県 )
89,545人
7広島 ( 広島県 )
81,914人
8神戸 ( 兵庫県 )
80,446人
9仙台 ( 宮城県 )
61,709人
10徳島 ( 徳島県 )
57,456人

1位の東京で約112万人、2位の大阪でも約36万人、横浜なんて約9万人の人しかいなかった。10位の徳島では60000人もいないんです。今の地方都市よりも少ないんですね。これだけ見ても随分と私たちのドラマを観る視点がかわってくるのではないでしょうか。

明治時代から現代まで約400年の間に8000万人の人口の増加があったこと、このことこそ、日本が発展し繁栄したと言う証ですし、その基礎を作ったのが明治時代の広岡浅子や五代友厚だったのでしょう。


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